映画「関心領域」を観て(ネタバレあります)
- 1月23日
- 読了時間: 5分
更新日:2月5日
『夜と霧』を読む前、まだナチス政権についての知識がほとんどなかったころ。
Amazonプライムで夫と「何を観ようか」と話していたところ、映画『関心領域』のタイトルがふと目に留まり、観てみることにしました。再生した瞬間、画面は真っ暗のまま、音だけが世界観をつくり出しているのですが、私たちはそれに気づくこともなく、お菓子やお茶の準備をしたり、お手洗いに行ったりと、いつもの映画前のルーティンを始めていました(一時停止などはしない)。
映像が始まってからも、ポテチや煎餅をボリボリ食べながら鑑賞していたのですが、陽の光がまぶしくてカーテンを閉めたり、別のお菓子を取りに行ったり、犬がかわいくてなでなでしているうちに内容が分からなくなり、ただ「なんだか気持ち悪い映画だな」という印象だけを残し、途中で観るのをやめてしまいました。今から一年も経っていない頃のことだと思います。(引き込まれる内容だと、二人ともお菓子を食べることはなくなります)
その後、『夜と霧』を読み、ユダヤ人迫害の歴史を学び直していくうちに、この映画のことが気になり、もう一度観てみることにしました。
すると、以前は「なんか聞こえるな」程度にしか感じなかった不穏な音の意味が分かり始め、画面の外で何が起きているのか、登場人物たちの会話が何を指しているのかが、ようやく理解できるようになったのです。
そうして観ていくと、アウシュヴィッツ収容所と塀一枚を隔てた隣で、収容所所長の家族が平然と暮らしているという、にわかには信じがたい日常が描かれていることに気づきます。
その所長の妻がまた、その暮らしを心の底から気に入っていて、大切にしているのです。
庭では、隣で火葬された犠牲者たちの灰を養分に使わせて、たくさんの花や野菜を育てています。見事に咲き乱れた花を眺めながら優雅に過ごしている姿が映し出されます。
ユダヤ人から奪ったサイズの合わない毛皮を当然のように自分のものにし、ポケットに入っていた使いかけの口紅を自身の唇にあてて色を確かめる姿。どこかの奥様方と「歯磨き粉の中からダイヤを見つけたのよ」と笑いながら話す様子。今の豊かな生活が、数えきれない犠牲の上に成り立っているにもかかわらず、それを当然のように受け取り、まるで自分が絶対的な存在になったかのように振る舞う態度には、私の中の侮蔑が最大限に膨れ上がりました。
また、夫であるヘスに対しても嫌悪感しかありません。
彼の関心は、いかに短時間で大勢の“荷”(ユダヤ人のこと)を処理するかという一点に向けられていました。「それが彼に与えられた仕事だから」と言ってしまえばそれまでですが、だからこそ余計に吐き気を覚えます。
さらに許せないのは、ユダヤ人を差別しておきながら、誰もいない事務所にユダヤ人女性を呼び寄せていたことです。その後、自分についた汚れを落とすかのように、わざわざ地下に降りて体の一部を丁寧に洗う場面があり、胸が悪くなるような不快感が残りました。
そんな環境で育った子供たちも、やはり影響を免れません。
長男は、ベッドの中でライトを当てながら、犠牲者から抜き取られた金歯や銀歯をじっと見つめているシーンがあります。そこには何の感情もなく、ただただ光に浮かび上がる金属の輝きを目で追っているだけのように感じました。その一瞬の描写だけでも、胸の奥がざわつくような不気味さが残ります。また、彼は父親に向かって「自分は立派な将校になる」と宣言していました。犠牲者が強制労働をさせられている現場へ馬で乗り付け、父親の横でその言葉を誇らしげに口にする姿は、幼い心がすでに“その世界”に染まりつつあることを示していて、思わず息を呑むほどの衝撃がありました。
未就学児であろう次男も、フィギュアを使って戦争ごっこをしたり、窓の外から聞こえる捕らえられた人々の声に対して「次は捕まらないようにね」と言ったりしています。
人は環境によって人格が形づくられていくのだという現実を、これほどまでに突きつけてくる描写はありません。
そんな中で、一人の少女が、捕虜の方に気づいてもらうためにリンゴを土に埋めるシーンがあります。本来なら光のように映るはずの行為が、あえて暗色で描かれていることで、希望がかき消されていくような、胸の奥が締めつけられる感覚が残りました。
この少女は、映画が制作された時点でもご健在で、当時着ていたワンピースや自転車を映画に提供されたそうです。
私は自宅のテレビで観ましたが、映画館の音響であの“音”を浴びたら、さらに強烈な恐怖と、そこに確かに存在しているかのような感覚を覚えるのだろうと思いました。
この映画には悲惨な場面が直接映し出されることは一切ありません。
けれど、遠くで響く銃声、人々の悲鳴や命乞いの声、怒号、貨物列車が滑り込んでくる重たい音、焼却炉が唸るように鳴り続ける低い響き、そして人々の焼ける強烈なにおい——そうした“画面の外の出来事”が、こちらの想像を容赦なくかき立ててきます。
最後のシーンになりますが、ヘスが眼差しを向けた暗闇の奥には、現在のアウシュヴィッツのガス室、そして犠牲者たちの靴が山のように積み上がった、消し去ることのできない現実が横たわっています。
彼が“任務”として積み重ねてきた行為の果てに、どれほど多くの命が奪われてきたのか——その深淵が、静かに彼自身へと跳ね返っていくようでした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次からはですね、もうちょっと明るいテーマを綴りたいと思いますので、どうかまたお立ち寄りいただけますと幸いです。


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