伝説の漫画家『岡田あーみん』を想う
- 1月16日
- 読了時間: 4分
『夜と霧』を読み終えたあと、胸の奥にずしりと沈むような重さが残りました。
人間の極限を見つめるあの本は、読むたびに心の深部が静かに揺れてきます。その余韻を抱えたまま、ふと手が伸びたのが――よりによって、岡田あーみんの『こいつら100%伝説』でした。
あの独特のテンポ、常識の外側を軽々と跳び越えていくキャラクターたち。
重い読後感を一瞬で吹き飛ばす、あの“狂気じみた笑い”。
みなさんは、岡田あーみんをご存じでしょうか。
1980年代、りぼんマスコットコミックスの中で、ひときわ異様な光を放っていた作品群――その作者こそが岡田あーみんです。
『お父さんは心配性』で味わった、あの衝撃的な父性。
『ルナティック雑技団』の、華やかで中毒性のある登場人物たち。
特に愛咲ルイの、やたらポエミーで中二病的な言い回しは、今思い出しても腹筋がうずきます。あの堕天使のくだりは、今でも私の記憶の中でひときわ怪しく輝いています。
そして『こいつら100%伝説』では、腹を抱えて笑いました。
金髪の忍者・危脳丸(アブノーマル)の異様なテンション、完成されたナルシシズム、意味不明な行動原理。あの“あーみん的狂気”の結晶のようなキャラクターには、本当にやられました。
特に忘れられないのが、危脳丸が “とんでもない病気” にかかるあの回です。
朝起きたら――腹に別人格の顔が生えて「ケーッケッケッケ」と笑っている。
もうこの時点で読者の理性が試されます。
慌てて悪徳闇医者に診せたところ、診断名がまたひどい。
「さしすせ疽」別名 “ザマミロ病” 。
世の中で自分が一番かっこいいと思っている人がかかる病気らしいのですが、そんな病名つける医者の倫理観はどこへ。
その “疽” を抱えたまま学校へ行くと、よりによって授業は身体測定。
上半身裸で身長を測らなくてはいけないのに、腹の顔が「どうも〜」と主張してくる。
どうにか隠し通したい危脳丸のために、忍者仲間の極丸が藁で髪を作り、腹の顔にメイクを施し、 “なんとか危脳丸っぽい顔” を完成させるのですが……できあがった姿がもう、のけぞるほどおかしい。
極めつけは胸囲測定。先生が真顔で「胴体が見つかりません」と言い、さらに乳首の位置が顔の上にあるのを見て、「お珍しい」とコメントするあの瞬間。
笑いの沼に沈むしかありません。
あーみん作品のすごいところは、ただのギャグではなく、 “ここまでやるか” という狂気と勢いが、ページをめくる手を止めさせないところだと思います。ぜひ本を手に取って、この破壊力を味わってほしいです。
はぁ~、思い出すだけで、今でも顔が勝手にニヤけてしまいます。
漫画といえば、さくらももこ、一条ゆかり、藤子不二雄くらいしか読んでこなかった私にとって、あーみんを “他の追随を許さない存在” と感じてしまうのは、比較対象が少ないのもあるかもしれません。しかし、あの混沌とした輝きは、どうしても特別に見えてしまうのです。
当時は、「ちびまる子ちゃん」と「お父さんは心配性」の合作回まで存在していました。
両作者のファンにとっては、まさに垂涎ものの企画です。
まるちゃんと、あの佐々木光太郎が “友達” という謎設定で、デパートで開催される動物展に出かけるという内容だったと思います(うろ覚えで申し訳ありません)。
上の階で催されているためエスカレーターに乗るのですが、初っ端から光太郎がやらかし、降り口で足から吸い込まれていく。
あの描写といったらもう――最高でした。
さらに動物展に着くと、なぜか動物たちが逃げ出し、光太郎が蛇にのまれて足が溶けている状態になるなど、まる子ワールドでは絶対に起きない “事故レベルのギャグ” が連発。あの混沌とした大乱闘は、合作ならではの奇跡のカオスでした。
次なる作品を心待ちにしていたのですが、私の期待も空しく、あーみんはわずか3作品を残して漫画界から姿を消してしまいました。一説によると、さくらももこと男性関係のトラブルがあり絶縁したという噂もあります。
その後は沖縄へ移り住み、結婚して幸せに暮らしている――そんな話を耳にしたこともあります。
残念です。
本当に残念です。
これほどまでに次号を待ちわび、あーみんを信じてきたのですが、あれから何十年経った今でも新しい情報は何も入ってきません。
そして、さくらももこさんも亡くなってしまいました。
思春期を過ぎてからは漫画を読むこともなくなり、私の中ではいつまでもあーみんが一番で、その座が塗り替えられることはありません。
あーみんを想うたび、尊敬の気持ちとともに、胸の奥でそっと手を合わせています。
あーみん : 「おいこら、おまえ!勝手にわしを殺すな、アホ!」
な~んて、あーみんに突っ込まれそうですね。。。


コメント